世界観について

2023.07.21 お知らせ

世界観、それはその人が世界をどう捉える(定義する)か(拡大解釈をすると、捉えた上でどう生きるか)を表したものです。

おそらく、全く同じ世界観を持った人はいないでしょう。この地球上には地球の人口分だけの世界観が出現しています。

そういう意味では、(絶対的な)世界は存在しないとも言えるのかもしれません。人の数だけ世界観が存在する、そしてその世界観には良いも悪いもない、このことを腹に落としこむことが大変重要であると考えます。
その理由について述べていきます。

世の中には様々な対立が起きています。
例えば、組織の在り方であったり、地球の持続可能性の考え方であったりと。
その対立を引き起こしているのは、その人や組織の世界観なのです。

社員は組織のために尽くすべき、組織は社員の個性を最大限活かすべき、人類が将来に渡り地球に住み続けられるために環境には最大限配慮し質素な生活をすべき、地球環境に過度に配慮し人生を謳歌することを疎かにすべきではない、等、これらは全て世界観(その人や組織が世界をどう捉え、どのように生きたいか)の現れであります。

その人の世界観であるので、良いも悪いもないはずです(人に危害を加えない限りは)。にもかかわらず、勝手に良い悪いをジャッジして対立の洪水に溺れている人が如何に多いことか。

感覚的な話をしますが、自分の世界観を強く確立している人ほど、自分のそれとは相容れない世界観を持っている人に寛容な気がします。
もしくは、正義の御旗を掲げ攻撃することなく意図的に距離を置く態度を取ります。

自分の世界観を確立することは、多くの人が想像する以上に難しいというのが僕の持論です。

そのプロセスは自身の無意識の領域にアクセスすることや、自分の嫌な部分から目を逸らさないことが求められます。自分の中を掘って掘って、葛藤した末にたどり着くのが自身の世界観の確立なのだと思います。このプロセスを横着すると自身の軸がブレてしまい、自身の外側にあるシステムに振り回されたり対立の中で自身の薄っぺらい正義感の奴隷になってしまいます。

世界観を確立する人が増えれば、無為な正義と悪などという‘‘評価や判断による対立’’から解放され、‘‘好きか嫌いかによる豊かな選択’’の中で生きられる人が増えるはずです。

そんな成熟した世界で生きたいと思うし、微力ながらそんな世界になるように自分が生きていこうと思います。

追伸:『愛と幻想のファシズム(村上龍)』の主人公、鈴原トウジの考えは好きにはなれないのですが、異常なまでに彼に魅力を感じるのは彼が強烈に自身の世界観を確立し、それに矛盾のない行動をとっているからなのだと思います。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: line-2-1024x5.png
画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: 9b450104825fbae62c5d72c5a8be2585-1024x602.png

人や社会は、いまよりも、もっとよくできる。
あなたの思いとスキルで、もっと未来は変えられる。

ソーシャルグッド志向の企業と出会える、ソーシャルグッドキャリア・プラットフォームのサイトはこちらになります。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: line-2-1024x5.png
画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: 7af7238e15d8670f59e583be7daf7a5e-1024x501.png

転職市場を知るプロによる、転職ありきではないキャリアの壁打ちサービスを行っています。もやキャリ®相談室はこちらからどうぞ!