”生きがい”なんて見つけようとしなくていい

2022.08.01 お知らせ

COOのFです。

この宇宙を漂う無数の惑星(ほし)屑の数と同じくらい、生きがいを求めて現世を彷徨っている魂があると聞きました。
そんな魂へのレクイエムとしてこの文章を綴っていこうと思います。

何となくですが、「生きがいを持って生きることが素晴らしい。」という風潮が流布し、そのことが結果、多くの人を苦しめているように思えます。

まず、生きがいとは?ですが、生きがいにはインプットの段階とアウトプットの段階があると言われています。
インプットは受動的に享受する快楽や興奮です。美味しいものを食べたり、映画やコンサートやスポーツ観戦に没入したりとかです。
アウトプットは能動的に行動することにより得られる達成感や使命感みたいなものです。目の前の仕事に没頭するとか、仕事で社会の課題を解決して達成感・使命感を味わうとかです。

生きがいの構成要素として、インプットとアウトプットがあるにもかかわらず、生きがいを求めて迷子になっている人は、アウトプットの方にばかり目がいっているんではないでしょうか?それは、アウトプットの方が世間的に何となくカッコ良かったり、見栄えがいいからでしょう。

当たり前の話ですが、何に生きがいを感じるかは人それぞれです。更に、これは僕の仮説ですが、生きがいを満たすのに必要な要素として、インプットとアウトプットのどちらが強いかに一定の個人差があると考えています。インプットがある程度満たされれば、それでOKという人もいれば、アウトプットを強烈に満たさないと生きがいを感じられないという人もいるんだろうなと。

ですので、世の中で成功者と言われている人は、努力云々もあるでしょうが、人に比べてアウトプットを満たさないと生きがいを感じにくい人なんではないでしょうか。ただただそれだけ。インプットが満たされると生きがいの多くが満たされる人なのに、アウトプットを頑張ってしまうことによって無理が生じているんだと思います。これも仮説ですが、インプットだけで満たされる人、アウトプットだけで満たされる人という極端な人はほぼいないと思います。インプットだけで満たされる感受性を持った人がいれば、それはそれでとても幸せなことだと思います。


ですので、生きがいを求めて辛くなっちゃっている人は、まずは満たしやすいインプットをとことん満たして、それでも満たされない場合に何かアウトプットしようか、と考えることをオススメしたいです。
独断と偏見ですが、この方法が最も内発的動機を刺激しやすいと思っております。

また、分かりやすい欲求(お金を稼ぎたい、高級車に乗りたいなど)が湧いてきた時に、その欲求は他のものでは代替可能か否かを考えてみてほしいです。そうすると意外と代替可能であったり、そもそも目指していたものが本当に自分が欲しいものではないということも割とあると思います。で、逆にこの欲求を満たすには、これしかない、つまり代替不可のものにたどり着けば、それは紛れもなく生きがいだと思います。

ただ、ここまで書いてきた考えには大きな欠点があります。それは、自分と繋がり続け、自分の本当の心の声を聞くことはそんなに容易ではないということです。


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