映画「PERFECT DAYS」の感想

2024.01.31 お知らせ

「春は桜 夏には星 秋には満月 冬には月 それで十分酒は美味い それでも 不味いんなら それは自分自身の何かが病んでいる証だ」

比古清十郎が放った言葉が本当だとするならば、ほとんどの現代人の多くが病んでいる。おそらく僕も病んでいる。

“丁寧に暮らす、足るを知ることの素晴らしさ”
そんな言葉で安く形容することはしたくない。映画「PERFECT DAYS」についてどこまで表現しきれるかは分からないが、この物語については何らかの表現はしておきたいと思った。

この映画は渋谷区のトイレの清掃員の平山の日常を描いている。

平山が朝起きて、自販機で缶コーヒーを買い、軽トラで首都高に乗り渋谷区に行きトイレの掃除をこなし、仕事終わりに銭湯に行き、いつものお店で食事をし、読書をして寝る。

休日は、洗濯物をコインランドリーに持っていき、現像された写真を取りに行き新しいフィルムを買い、自分で撮った写真を整理し、古本屋で本を買い、夜はスナックのような小料理屋のようなお店にお酒を飲みに行く。

ほぼ淡々としたおじさんの生活で構成された2時間である。
平山の生活ぶりは丁寧であり、足るを知るを地で行っていると見える。幸せを感じているのかどうかは定かではないが、眼差し、微笑みから彼の精神は健全であると推察が出来る。ただし、その背後に何らかの重い過去があったであろうことも、同時に推察が出来る。

‘‘足るを知る’’という言葉を使う多くの場合は、ある程度、物質的に豊かになった者が今あるものに目を向けることで幸せになれる、幸せは身近にある、多くを手に入れずとも幸せを感じられる、という意図を含んでいるのだろう。更に、‘‘幸せに暮らすことはそれほど難しくない’’という無意識下での希望が含まれているような気がする。

本当に‘幸せに暮らすことは難しくないのだろうか?

これだけ、物が溢れ、SNSで簡単に承認欲求を満たすことが出来る時代に幸せに暮らすことは実はとても難しいことなのではないだろうか。

エーリッヒ・フロムの‘‘愛することは技術’’という思想と同様に、‘‘幸せに暮らすこと’’にも洗練された技術が必要なのではないか。平山の人生への態度からそんなことを感じた。

今の自分には、平山の生活に憧れることすら、おこがましいとも感じた。

この映画はその時の自分の状態によって大きく、感じ方が異なると思う。生きている限りは定期的に見返したい。そして、誰かと感想を共有したい。

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