想いは時空をこえる
2022.09.13 マガジンもしも、あなたが異国の地で暮らしており、その国が戦争を始めたらどれだけ不安でしょうか?
また、あなたが暮らしている国の敵国の大統領が、「48時間後にあなたが暮らしている国の上空を飛ぶ飛行機を無差別に攻撃する。」と声明を出したしたらどれだけ不安でしょうか?
更に、各国の救援機が滞在者を迎えにくる中、自国の救援機だけ迎えに来ない状況が続いたらどれだけ不安でしょうか?
そんな状況に晒された215名の日本人が1985年のイランにいました。
「航行の安全が確保出来ない」という理由で、日本政府は救援機の派遣を見送りました。そんな中、トルコの救援機が日本人を救ってくれました。
タイムリミットまでわずか1時間の救出劇。
一方、トルコ人の方々は陸路で避難しました。なぜ、トルコの救援機が日本人を救ってくれたのか?多くの日本人はその理由が分からなかったそうです。
当時から遡ること約100年の1890年9月16日、当時のオスマン・トルコ帝国の親善使節団が日本を訪問したその帰路、台風の影響で船(エルトゥールル号)が座礁しました。場所は本州最南端の和歌山県串本町の大島。
結果、587名が命を落とす海難事故となってしまいました。
一方で島民の懸命な救出活動により69名の命が助かりました。不眠不休の救出活動であったと言われております。
救援機の件については当時の駐日トルコ大使は「私たちはエルトゥールル号の借りを返しただけです。」と語っています。多くの日本人が知らなかったこの史実はトルコでは脈々と語り継がれていたようです。
日本人として非常に誇らしく思いますし、トルコのお返しも忘れたくはありません。
自分の人助けが遠くの未来において、共感の物語を紡ぐきっかけになるかもしれない、そんなふうに考えると豊かな気持ちになりますね。
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