対談「子どもたちの生きるチカラを育む教育を支援」~後編~

2021.09.27 お知らせ

子どもたちの未来をより良くする教育事業を展開する「教育と探求社」代表取締役 宮地 勘司さんをゲストスピーカーにお招きして2021.7.7に開催しました。前編はこちらです)

企業がクエストエデュケーションに参加するメリット

――高藤
ではちょっと視点を変えて、クエストエデュケーションに関わっている企業の立場から見るとどうでしょうか。

――宮地
企業から見た価値は、ひとつはCSRいわゆる社会的責任、社会貢献といった部分ですね。次世代育成は企業の使命でもありますから。

もうひとつは、自社を生徒たちに知ってもらうという価値があります。関わった子どもたちはその企業や商品に興味を持つことも多いし、何よりミッションに取り組むことで企業理念を深く知ることになるので、エンゲージメントが醸成されます。広報やIR的な価値も大きいと思います。

——高藤
なるほど、生徒さんたちはそこで企業を知ることで、将来のお客様になる可能性もあるし、働きたいと希望することにもつながる、キャリア教育ともいえますね。

——宮地
そうなんです。

さらに、自社社員の教育ですね、最近の若手は合理的思考が強く、タスク管理というか、仕事をこなすテクニックは身につけていても、人を引っぱる力、共感しながら相手のやる気を引き出していくようなリーダーシップ力というのはなかなか学べません。

そんな企業人がクエストエデュケーションで生徒と関わるとと、それはもうある意味異星人ですから(笑)最初はとても苦労されています。そのなかで教え込みや上から目線を乗り越えてどのようにコミュニケーションをとっていくか考えることで思わぬ成長が起こっていきます。

例えば、生徒からネットで質問がくると、答えを教えてはいけない、でもやる気をなくさせてはいけない、どのような文章でどのような言葉で質問に答えたらいいのか、、考えに考えて返信するわけです。でも、そうして悩んで考えて、生徒たちの成長を促すように導こうとする経験を積むことで、その人自身も大きく成長するのです。

ビジネス界でも今、成人発達理論が注目されています、スキルや知識だけではなく、人間としての器や、メタ認知の力が重要だといわれています。企業人は、このプログラムで生徒と関わっていく中で、自らの価値観が変わり、通常の業務とは異なる視点での人間的な成長が見られるわけです。

企業は次世代の育成という社会貢献を行いながら、同時に自社の社員の成長を促す、参加していただいている企業からもさまざまな気づきがあるという感想をいただいています。

2021年オンラインで開催されたクエストカップの協賛企業

――高藤
なるほど。

――宮地
少し長くなりますが、具体的なお話をしましょうか。

ある企業でクエストの担当となった社員さんの話です。その社員さんはもともと環境分野の研究をされていてとてもおだやかな性格の方でした。しかし、とても真摯な努力家で、クエストで学校訪問をするときは事前にその学校のことを丹念に調べて、訪問後には生徒とどんなやり取りがあって、どんなことを感じたのか、毎回ノートに記録をつけていました。彼は、学校を訪問しても一人の生徒と話しす時間は5分もない。ほとんどの生徒とはそれっきりで再び会う可能性は極めて低い。つまりは「一期一会なんだ」と気づいたというのです。だとしたら、その場で、生徒に一生残る問いをしようと彼は決めました。決して簡単なことではないけれど、どうやったらそれができるのか、ノートを書いては見返しながら、考え続けました。。

ある日、彼は学校を訪問して生徒の中間発表を受けたのですが、男子ばかりのチームが恥ずかしさもあって、かふざけていて、だら〜っとしていて、もう全然なってないわけです。

するとこの温厚な社員さんは生徒に向けてきっぱりと言い切りました。「あなたたちが将来、大人になってもうちの会社は受けないでください、あなたたちのような人と私たちは仕事をしたくない、不器用でも、できなくてもいいけど、一生懸命向き合う人と仕事がしたい。今日の君たちの態度なら、君たちとは一緒に仕事はしたくない」
その場は凍りましたね。、あの穏やかな人がなんていうこというだと先生も驚いたでしょう。

授業が終わって、彼に聞くと、「あのダラダラした生徒たちに一生残る問いを投げるとしたら何を言うべきかギリギリまで考えました」そしてこう続けました。「あんなことをいうのは自分も怖かったけど勇気を振り絞って言いました」
数カ月後、彼はその学校の最終発表会に訪れました。いくつかのチームがプレゼンテーションをしていきますが、そのなかでひときわ中身の濃いプレゼンテーションを堂々とやっているチームがありました。それが、あのだらだらしていた男子チームだったのです。彼らはプレゼンテーションが終わるやいなや、その社員さんのもとに駆け寄ってきて「僕ら、どうでしたか?」と感想を聞いてきたそうです。

彼が勇気を振り絞って生徒たちに投げかけたその問いは、こんなかたちで結実したんですね。この体験は、その社員さんにとっても得難い学びの経験だと思います。人として、本気で、本音でぶつかることは、そのときは見えなくとも未来を開く鍵となると考えているそうです。
今はそうやって本気で向き合う場面が減っているからこそ、企業としても、学校としても、そんな場が生まれることはとても価値あることだと思うのです。

社会貢献とビジネスの両立

――高藤
では社会的意義を考えての活動と、同時にそれをビジネスとして成立させるという点についてお伺いしたいと思います。ソーシャルグッドなビジネスをしたいと思っても、社会貢献とビジネスを両立させる難しさというのが現実はあると思うのですが。

――宮地
それは正直に言うと、のたうちまわってます(笑)

本当に難しいですよ。ただ、難しいからこそやりがいがあるのだと思ってます。

日本の教育制度は長い時間をかけてとても精緻に組み上げられました。部分を見るととても良く考えられていてすばらしいのですが、全体視点がなく、至るところで不整合が起こっています。忙しすぎる先生たちはその犠牲者かもしれません。また、変化の激しい社会に本当に適応できているのかという疑問もあるでしょう。誰もが、なにか違うと思っているのに何から手をつけていいのかがわからず、どのように変えていったらいいかもわからないのです。

日本の教育を内側から改革していくはとても難しいことだと僕は思っています。

僕らが提供しているクエストエデュケーションで、ひとりの生徒が目覚める、それを見た先生が変わる、その先生の授業が変わり、学校全体が変わる。現場から教育改革をしていこうというのが僕らのミッション、そしてそれをビジネスのフレームでやっていこうとしているわけです。

片手には理想的な教育をつくるぞという理念があり、もう片方の手には、事業としてきちんと利益を出し持続可能な組織を作っていかなければならないという経営の考え方がある。この両手を決して離すことなく握り続けることははなかなか難しいのです。

ただ、僕が新聞社にいた経験は大きかったですね。新聞は報道という公益的な機能を担い、しかし同時に販売収入や広告収入で成り立つ民間企業なんです。だからといって広告をたくさん出してくれる会社の言うことを聞いて記事を書いたり、書かなかったりしたら新聞自体の価値や信頼性が揺らいでいく。クライアントにおもねるのではなく、真実を書ききってこそメディアとしての評価が上がり、それが読者層の獲得であったり、より大きな広告を得るといったことにつながる、そんな経験があったんですね。

ですので、クエストにも多くの企業が関わってくれていますが、クライアントからの要請を何でも聞くのではなくて、教育の純度を保つにはどうすればいいか、常にそれを真ん中において考えてきました。そこにこだわり続けてきた結果、数千万円の単位で損をしたこともありましたが、理念を大切にしてきたからこそ、今があるのだと思っています。

最初の10年は会社の維持発展に大いに苦労しましたが、そこからうまく歯車が噛み合ってここ数年は成長軌道に乗りました。社員も今30名を超えましたし、2年前から新卒も採用しています。

自分らしく生きる「企業理念」にマッチする人材

――高藤
では、教育と探求社では今どういう人材を求めていますか?

――宮地
僕は広報や営業や外に向いて仕事をすることが多いので、社内で仕組みづくりをする人材が今から重要になると思っています。

教材開発や運営体制はある程度整ってきましたが、数年先を見据えた経営企画とか、社員がより、安らかに、創造的に、やりがいを持って働けるよう内部の制度や仕組みを整える人材がほしいなと思っています。

――高藤
人事とか企画の経験者ということでしょうか?

――宮地
そうですね。仕事の領域としてはそうなると思います。しかし、専門的な領域ゆえ前の会社でこんなことをやっていた、こんな成果がある、と自分のパターンにこだわりすぎる人は少し困ります。知見やセオリーをすでに持っている人はすばらしいのですが、我社も独特の文化や考え方がありますので、自らのノウハウと経験をもって、我社の現状を踏まえながら協働し、創造的に未来をつくっていける人がいいですね。

うちの会社の理念は「自分らしく、生きる」です。
すべての人が何らかの才能を持って生まれてきていて、その人が果たすべき使命がある。そのことを探求し、誰かを幸せにすることで自らも幸せになる。そんな学びを提供していくことが教育と探求社の使命だと考えています。

そんな考え方に共感してくれて、人間の可能性を信じて“そもそも論”から仕組みづくりができる人を求めています。

――高藤
知識や経験以上に大事なものがある、と。

――宮地
そうです。知識や経験があることは素晴らしいことです。しかしそこに安住することなく、何事も試しながら、やってみながら、ベストを見つけていく。つまり教育と探求社の社員も探求し続ける人であってほしいのです。

――高藤
そのような仕事をしたいと考えている人と御社とをぜひ結びつけたいなと心から思います。では、御社の採用プロセスについても教えていただけますでしょうか?

――宮地
普通に書類選考があって、履歴書に加えて、志望動機書と「わたしと教育」というエッセイを提出してもらっています。そのあとの面接は業務やポジションなどによりますが、だいたい2~3回ですね。最終面接は私が行っています。

――高藤
面接ではどの辺りをご覧になっていますか?

――宮地
現場の人間からマネージャークラスまでいれて面接をするようにしています。30代くらいの社員も多いんですが、みんななかなか鋭く見ていると思います。

僕自身は本当に決まった時間内で想定質問とかもなくて、自由にその方と対話しています。そのなかでトータルに人間性や文化フィッティングなどを中心に見ていますね。スキルや仕事力は現場の人間が十分に吟味していると思うので、入社後の他のメンバーとのケミストリーや将来的にその人が成長していくなかで会社の中でどんな役割を担えそうか、長い視点で見ています。

「自分らしく生きる」ことをすべての人がめざせるように

――高藤
最後に今後の展開について教えてください。

――宮地
そうですね、まずは、300校に届きつつあるクエストエデュケーションを10倍くらいに拡大していきたいと思っています。それと同時に、大人の成長にも貢献したいですね。企業の人材育成や研修といったこともありますし、今、シニア世代が自らのウェルビーイングをみつけていく学びの場をつくりに取り組んでいます。

自分らしく生きること、つねに学び探求すること。うちの社員にはそうであってほしいし、また未来を担う子どもたちにそのための教育を届けていくこと、さらには社会人からシニア世代にまで広げていくことができたらと願っております。

――高藤
たいへん興味深いお話をいろいろとありがとうございました。

■プロフィール■

宮地勘司

株式会社教育と探求社代表取締役社長

一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブ代表理事

1963年長崎県生まれ。88年立教大学社会学部卒業。同年、日本経済新聞社入社。02年、自らの起案により日本経済新聞社内に教育開発室を創設。新聞資源を活用した教材開発に取り組む。

04年11月、教育と探求社を設立し、代表取締役に就任。アクティブ・ラーニング型の探究学習プログラム「クエストエデュケーション」を開発し、全国の中学・高校に提供。年間約250校、4万5千人以上の中高生が学校の授業の中で同プログラムに取り組んでいる。

2015年、予測困難な時代のなかで、教師こそが答えのない学びの実践者となり、自ら学び続けることを支援するため、一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブを設立。代表理事に就任。

著書に「探求のススメー教室と世界をつなぐ学び

共著に「この先を生む人−ティーチャーズ・イニシアティブの記録